仏性寺跡1次調査

  • 仏性寺跡1次調査 11号遺構(甕棺墓)
  • 仏性寺跡1次調査 5号遺構(甕棺墓)出土土製象人形
  • 仏性寺跡1次調査出土の蔵骨器蓋(墨書)

画像数:3枚

所在地 弁天町82番地     
ふりがな ぶっしょうじあと1じちょうさ
種別 埋蔵文化財包蔵地
年代 近世
備考 ※記録保存:発掘調査報告『新宿区文化財調査年報7』2012新宿区文化観光産業部文化観光課
概要  仏性寺跡は、弁天町の南側に位置する。江戸時代において一帯は、七軒寺町と呼ばれていた。これは、江戸城外堀普請に伴い、牛込御門外付近にあった7つの寺が移転してきたためで、仏性寺もその一つである。慶長10(1605)年、平河に起立した仏性寺は、寛永4(1627)年に市谷田町に移った後、寛永12(1635)年当地へ移転する。
 平成22(2010)年4月に行われた発掘調査は、30㎡と狭小であったが17基の埋葬施設が検出された。この中の5号遺構では珍しい「象」の土人形が、5号遺構では甲冑の一部である「半頬」(はんぼお:両頬とあごを覆う面具)と「垂」(すが:喉部分を防御する小札)が出土している。