内藤町遺跡1次調査
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| 所在地 | 内藤町11番地 |
| ふりがな | ないとうまちいせき1じちょうさ |
| 種別 | 埋蔵文化財包蔵地 |
| 年代 | 近世 |
| 備考 | ※記録保存:発掘調査報告『内藤町遺跡』1992新宿区内藤町遺跡調査会他 |
| 概要 | 内藤町遺跡は、内藤町、新宿御苑を中心とする縄文時代と江戸時代の複合遺跡である。この一帯は、江戸時代初頭から後の信州高遠藩内藤家が拝領している。但し、寛政4(1792)年以降、北西部分が上地され旗本屋敷として細分される。 平成元(1989)年6月から10月まで行われた1次調査は、新宿御苑トンネルの建設に伴うもので、江戸時代を中心とする1,940基の遺構と、総重量10.67tに達する遺物が出土した。この中で、信州高遠藩内藤家に関わるものとしては、屋敷地の北辺に沿って約135mに亙って続く区画溝(A1・2号遺構)、被熱により破損した中国製の「汕頭(スワトウ)ウェア」と呼ばれる磁器大鉢、柿右衛門様式の小皿等がまとめて廃棄された井戸(170号遺構)等が確認されている。一方、寛政4(1792)年以降、旗本屋敷となった範囲では、幕末から明治時代初頭に廃棄された大量の陶磁器類が出土した。この中には、坏、盃洗、燗徳利、大皿等の酒器が多く、器の表面に内藤新宿の旅籠屋や茶屋等の店印が刻まれたものも多数認められる。内藤新宿は遊興の場としての性格も帯びており、これらの出土品は宿場の実態を物語る資料である。 |

