市谷甲良町遺跡5次調査

  • 市谷甲良町遺跡5次調査 調査区全景(東から)
  • 市谷甲良町遺跡5次調査 54号遺構(北東から)
  • 出土紀年銘資料
  • 市谷甲良町遺跡5次調査地点から尾張徳川家上屋敷(現:防衛省)を望む(北から)

画像数:4枚

所在地 市谷甲良町11番地     
ふりがな いちがやこうらちょういせき5じちょうさ
種別 埋蔵文化財包蔵地
年代 縄文・近世
備考 ※記録保存:発掘調査報告『市谷甲良町遺跡Ⅴ』2014大成エンジニアリング㈱他
概要  市谷甲良町遺跡は、市谷甲良町、市谷山伏町、南山伏町、二十騎町にまたがる、縄文時代、江戸時代を中心とする遺跡である。
 5次調査(市谷甲良町11)は、平成25(2013)年7月から9月にかけて実施された。この場所は、17世紀中頃には江戸幕府の留守居組、その後二之丸同心、書院番等の組屋敷として利用される。発掘調査では、これらの屋敷地に居住した御家人の生活を物語る遺構・遺物が発見されている。注目されるのは、燗徳利の底や土瓶の蓋等に年号を墨で書いたものが全部で11点も出土した点である。年号は、文化元(1804)年から安政5(1858)年までの約半世紀の間に集中している。字配りや筆跡はどれも似ていることから、同一人物の手によるものと推定される。当時の屋敷拝領者は禄高228俵の旗本篠本彦次郎で、奥右筆組頭手附出役を皮切りに勘定支配、甲斐、越後、常陸、下総の代官を歴任した。多くの陶磁器に文字を記したマメな人物、それは屋敷の主、彦次郎自身であったと考えられる。