尾張徳川家下屋敷(戸山荘)跡

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所在地 新宿区戸山二・三丁目一帯     
ふりがな おわりとくがわけしもやしき(とやまそう)あと
種別 史跡等
アクセス 東京メトロ副都心線「西早稲田」駅 徒歩9分
東京メトロ東西線「早稲田」駅 徒歩14分
都営地下鉄大江戸線「若松河田」駅 徒歩12分
概要  現在の戸山2・3丁目一帯は、江戸時代、徳川御三家の一つの尾張徳川家の下屋敷で、戸山荘と呼ばれていた。この屋敷は尾張家二代藩主徳川光友が済松寺開祖祖心尼から4万6千坪の土地を譲られ、寛文9年(1669)頃に着工したとされる。その後、幕府からも土地を拝領し、周囲の土地も取得して、総坪数は13万6千余りとなり、回遊式庭園の中に二十五景をしつらえ、水戸徳川家の小石川後楽園と並ぶ名園とされた。
 寛政2年(1790)、十一代徳川家斉を迎えるに際し大修築を行った。寛政10年(1798)に谷文晁にその景色を絵巻として描かせている。しかし、その後は火災や風水害に遭って荒廃し、安政6年(1859)の青山大火で類焼した後は復興されることはなかった。
 明治維新後は、陸軍戸山学校など陸軍の施設となり、第二次世界大戦が終わるまで存続した。跡地には昭和24年(1949)に戸山ハイツの建設が開始され、敷地の一部は都立戸山公園となった。なお、戸山荘の築山「玉円峰」が「箱根山」として現在も残っている。

★ 新宿クイズ ★
答え:②谷文晁
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