専行寺の木造阿弥陀如来立像

  • 専行寺の木造阿弥陀如来立像
  • 専行寺の木造阿弥陀如来立像(台座・光背は新補)
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画像数:4枚

所在地 新宿区原町3-26 専行寺     
ふりがな せんぎょうじのもくぞうあみだにょらいりゅうぞう
点数 1軀
種別 新宿区指定有形文化財(彫刻)
構造・寸法 総高108.9㎝、像高51.4㎝
素材・仕上げ等 一木造り、檜材。漆箔仕上げ。白毫、肉髻珠水晶製(肉髻珠は修理前は木製)。彫眼。内刳りなし
年代 平安時代末~鎌倉時代初頭
指定・登録年月日 令和8年5月1日
所有者 宗教法人専行寺
アクセス 都営大江戸線「牛込柳町」駅より徒歩4分
電話番号 03-3203-7625
ホームページ https://sengyouji.com/
備考 拝観は事前連絡のこと
概要  十三重の蓮華座上に来迎印を結んで直立する阿弥陀如来像で、真宗大谷派攝取山専行寺の本尊である。令和3年から5年にかけて明古堂により保存修理が行われた。
 肉髻は碗状に盛り上げられ、螺髪は切り出し、肉髻珠は大ぶりで、髪際はほぼ一直線とし、角張った尊顔を強調する。尊顔は両頬に肉をつけて下顎に一条の弧線を刻み、ふっくらとまとめている。頸には三道をあらわし、耳朶を顎までのばし、環状とする。体軀は簡明で、両胸、腹部に浅く弧線を刻み、両肩は撫で肩である。左手を垂下し、右手は屈臂し掌を手前に見せ、ともに第一指、第二指を捻じる。両手足は頭部、体軀に比して控え目で、裙からのぞく両足先も小さい。着衣は、右肩から右腕をおおう覆肩衣を右脇腹でたるませ、衲衣にたくしこむ。衲衣を偏袒右肩にまとい、裾を腕下まで垂らす。膝下には裙をあらわし、裾を地付に垂下する。光背台座は、昭和53年(1973)の遷仏式の際につくられた新補である。
 本像については、修理によって後世の厚い塗り直しを取り除き、体幹部の旧状が明らかになった。その結果、緩やかに弧を描く両肩と丸く膨らんだ腹部の造形、着衣の浅く穏やかな彫り口など、12世紀を中心とした平安時代末から鎌倉時代初めに流行した特色が認められた。本像の制作年代もその頃であると推定される。
 専行寺の創建は諸説あるが、元和から正保にかけての江戸初期である。本像は「専行寺縁起」に慈覚大師円仁が松の木に刻したと記され、身長一尺七寸六分、京都の真如堂の阿弥陀如来像と同作であると伝えられている。現状は、像高のみ縁起にいう身長にほぼ合致するものの、真如堂阿弥陀にはない白毫があることなど一致しない点もある。また修理の際、背面に正徳4年(1714)の朱書銘が発見され、像高や慈覚大師、教誉清順などの記述が読み取れるが、これらの縁起や銘文からは、本像の来歴については確認できない。
 江戸初期に番町に創建された専行寺は、享保2年(1717)に類焼後牛込原町に移転したが、その後安政6年(1859)にも類焼しており、「専行寺縁起」には2度目の類焼で仏具家財宝物過去帳記録等を失ったとの記述がある。本像が専行寺創建時からの根本本尊であったのか、あるいは類焼によりあらたに迎えられたのかは、現在残されている記録等から速断することはできないが、専行寺の開基・了察は、その師・了善を通じて東本願寺を創建した教如の法統に連なることから、そのつながりで古仏が本尊として迎えられた可能性も否定できない。このように江戸の寺院に古仏が伝来し、守られてきたことは、今後の研究にも寄与する事例であり、本像は仏教史上、美術史上重要な作品である。