見晴坂

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所在地 中落合一丁目7番と11番の間を南へくだる坂     
ふりがな みはらしざか
概要 ①『江戸名所図会』に「此地の蛍狩は芒種の後より夏至の頃を盛りとす。草葉にすがるをばこぼれぬ露かとうたがひ、高く飛をばあまつ星かとあやまり、遊人暮るゝを待ちてここに逍遥し壮観とす。夜涼しく人定り風清く月晴朗なるにおよびて、始めて帰路をうながさん事を思い出さるも一興とやいわん」とある。

②『落合新聞』(昭和41年<1966>3月14日付)によれば、「中落合一丁目には六天坂と見晴坂がある。ともに大正年間に開かれた坂で、戦後中井商工会の宇田川文一氏と滝上源治郎氏が名付け親、云々」とあり、「見晴坂は六天坂の東隣にある坂で、ここから富士の眺めはよかった」とある。但し、見晴坂の道筋は、既に明治のころよりあり、市郎兵衛坂上の旧中井道から南へ分かれ、字前谷戸(中落合一丁目)の高台を超えて南下の水田へくだる野良道であった。坂道は南面傾斜の丘よりくだる急坂で、坂上よりの富士の眺めは抜群であったという。