千日坂

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所在地 JR信濃町駅南口より一行院に向ってくだる坂     
ふりがな せんにちざか
概要 ①いわゆる千日谷の坂で、別名を久能坂・久野坂ともいう。

②『新撰東京名所図会』に「一行院の門前より東信濃町(陸軍練兵場埒ラチ外)へ上る坂あり、千日坂と称す」とある。(埒---土手・囲い・馬場の周囲の囲い)

③江戸時代の千日坂の道筋は、明治39年(1906)開通の東京電気鉄道(東京市電の前身)と信濃町駅前より権田原に至る新道の造成工事により埋め立てられ消滅した。これと前後して一行院前より北へのぼり、信濃町駅前に通ずる新道が開通した。これが新千日坂である。

④『江戸名所図会』によれば「永固山一行院:鮫河橋の西の方、千日谷に在り。浄土宗にして、慶長年間草創す。昔は僅かの草庵なりしを、永井家開基にして一宇の浄刹とす。開山利覚和尚は、即ち永井信濃守尚政に仕えけるが、剃染してこの地に庵をむすび、千日の間常行念仏をす。結願の時、千日不退転の回向を勤む、依って道俗群衆せしより、千日寺と唱え、又この所を千日谷と呼ぶとなり」とある。