赤城坂
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所在地 | 赤城神社の西脇を北へくだる坂 |
ふりがな | あかぎざか |
概要 | ①『東京名所図会』に「同町(赤城元町)と赤城下町の間を北へ下る坂あり、赤城坂といふ。峻悪にして、車通ずべからず。赤城神社の裏門に位し、浜松屋といへる銅鉄商あり、又雇人口入宿、室内射的あり、坂の中腹より西、赤城下町へ下る坂あり、V字街頭に一札を掲ぐ。曰く、 右の方 関口町、武島町、音羽町、江戸川、台町、古川町、水道町、石切橋、五軒町、改代町 左の方 赤城下町、中里町、榎町、弁天町、矢来町、早稲田町、馬場下町 ②坂名の由来となった赤城神社は、鎌倉時代後期・正安2年(1300)に上野国(群馬県)の赤城神社の祭神が、早稲田村田島の森(早稲田鶴巻町)に分祭され、寛正元年(1460)、太田道灌がこれを牛込台に移し、さらに弘治元年(1555)、牛込氏により現在地に移されたものと伝えられる。 |