内村鑑三終焉の地(今井館聖書講堂跡)

  • 内村鑑三終焉の地(今井館聖書講堂跡)
  • 内村鑑三終焉の地(今井館聖書講堂跡)文化財説明板
  • 内村鑑三(国立国会図書館ウェブサイトより)

画像数:3枚

所在地 新宿区北新宿3-10-1     
ふりがな うちむらかんぞうしゅうえんのち(いまいかんせいしょこうどうあと)
種別 新宿区指定史跡
年代 明治40年(1907)~昭和5年(1930)
指定・登録年月日 平成29年(2017)3月29日
所有者 個人
アクセス JR中央・総武線「大久保」駅から徒歩6分
概要  キリスト教思想家・聖書学者である内村鑑三(1861~1930)が、明治40年(1907)11月から昭和5年(1930)3月28日に亡くなるまで暮らした住居の跡で、今井館聖書講堂が併設されていた。鑑三は、万延2年(1861)に江戸小石川に生まれ、札幌農学校に学び、在学中にキリスト教に入信した。第一高等中学校の教員であった明治24年(1891)には教育勅語に対する「不敬事件」を起こし辞任。その後新聞記者などを経て、聖書学者としての道を歩んだ。社会問題に関心が深く、日露戦争開戦前夜には幸徳秋水らと非戦論を唱え、米国で排日法案が可決されようとすると、徳富蘇峰(1863~1957)らと反対運動を展開した。鑑三の交友関係は広く、教育者の新渡戸稲造(1862~1933)、植物学者の宮部金吾(1860~1951)、ジャーナリストの徳富蘇峰、社会主義者の幸徳秋水(1871~1911)、同志社英学校を開校した新島襄(1843~1890)や、白樺派の作家有島武郎(1878~1923)など多岐にわたる。今井館聖書講堂は、鑑三に感化された事業家今井樟太郎(1869~1906)の妻ノブの寄進により建設されたため命名されたもので、鑑三の研究・啓発の場であった。建物は道路新設計画のため、昭和10年(1935)現在の目黒区中根に移築された。
 鑑三が新宿区内に居住した後半生から晩年にかけての31年間(角筈に8年間、柏木に23年間)は、聖書研究を中心とする著述・講演などの活動が世間から評価され、経済的にも安定した生活を送った時期にあたる。教会よりも十字架を重んじるべきと唱えた「無教会主義」や、キリスト再臨への確信を説いた「再臨運動」といった鑑三の代表的な思想は、新宿区内での活動において提唱された。特に再臨運動は各地の教会に熱心な信仰復興を起こし、キリスト教界に大きな影響を与えた。
 明治期を代表するキリスト教思想家である内村鑑三が研究・講義を行い、生涯を閉じた地として、思想史上、文化史上の重要な史跡である。

肖像写真:国立国会図書館ウェブサイトより転載