長厳寺文書
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所在地 | 新宿区市谷薬王寺町19番5号 長厳寺 |
ふりがな | ちょうごんじもんじょ |
点数 | 120件 |
種別 | 新宿区指定有形文化財 古文書 |
年代 | 江戸時代 |
指定・登録年月日 | 平成26年3月26日 |
所有者 | 長厳寺 |
アクセス | 都営大江戸線「牛込柳町」駅から徒歩6分 |
備考 | 文化財保護の観点から通常は非公開 |
概要 | 真宗大谷派長厳寺に伝来する120件の文書群である。具体的には、寛文8年(1668)「覚」(拝領地の由緒・間数の書上)を最古とする江戸時代のもの119件、および昭和16年(1941)「長厳寺境内並墓地実測之図」1件からなる。 内容は、この寺の寺格に係るもの、境内・作事などの経営全般に係るものが多い。特筆できる内容として、尾張藩三代藩主徳川綱誠(つなのぶ)の位牌を安置していたことに伴う尾張徳川家からの寄進を記したもの、同寺がある市ヶ谷南寺町の諸寺院が宗派を超えて結成していた寺院組合に係るものなどがある。このように、長厳寺の江戸時代におけるありようを概観できる文書群である。 長厳寺は、寛永3年(1626)に江戸市谷の田町で創建され、同12年(1635)現在地に移された。江戸時代以来、新宿区内には数多くの寺々が存在してきた。しかし、個々の寺院について存立の具体像を明らかにできる事例はきわめて限られている。そのなかにあって長厳寺の文書群は、寺の成り立ちを語ることのできる数少ない一つである。それのみならず、「市ヶ谷南寺町寺院組合」の存在、およびその実態を解明する糸口となりうるものである。このように、長厳寺文書は区内に存在する寺院の系譜を明らかにすることのできる良質な文書群であり、また宗派を超えた寺院組合に係る資料としても貴重である。 |