江戸城外堀跡

  • 江戸城外堀跡 牛込濠
  • 江戸城外堀跡 新見附濠

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所在地 千代田区・新宿区・港区     
ふりがな えどじょうそとぼりあと
種別 国指定史跡
年代 寛永13年(1636)
指定・登録年月日 昭和31年(1956)3月26日
所有者 千代田区・新宿区・港区ほか
アクセス JR、東京メトロ、都営地下鉄「飯田橋」「市ケ谷」「四ツ谷」駅から徒歩1分
概要  江戸城外廓の堀で、新宿区に面した部分はJR 飯田橋駅から市ケ谷駅を経て四ツ谷駅付近までである。
 三代将軍徳川家光(1604~1651)の命により、寛永13年(1636)江戸城最大の大修築工事としてこの外堀が造られた。主に市ヶ谷長延寺谷の地形を利用し、掘り取られた土砂は九段・麹町・番町などで土塁を築いたり、築地や佃島などを造成するため、江戸湾を埋め立てるのに利用したりした。飯田橋では神田川(江戸川、仙台堀)とつながり、ここに設けられた神楽河岸まで江戸湾から船が運航できた。
 堀には石垣が築かれ、要所には城門を設けた。城門は見附と呼ばれ、敵の直進を防ぐため進路を互い違いにした食い違いや、門を2つ組み合わせた桝形が造られ、番所を設けて門番を置いた。新宿区に関係するところでは牛込見附・市谷見附・四谷見附の三見附が設けられ、現在でも石垣の一部が残っている。
 明治以後、外堀の一部は甲武鉄道(現JR 中央線)の敷地となった。第二次世界大戦後には四谷地区の真田堀などが埋め立てられ、また1970年代には牛込地区の飯田堀が埋め立てられた。