林芙美子終焉の地

  • 林芙美子終焉の地(林芙美子記念館)
  • 林芙美子 昭和26年月27日「みやがわ」の前で。翌28日午前1時頃永眠した。

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所在地 新宿区中井2-20-1 新宿区立林芙美子記念館     
ふりがな はやしふみこしゅうえんのち
種別 新宿区登録史跡
年代 昭和16年(1941)~26年(1951)
指定・登録年月日 平成7年2月3日
所有者 新宿区
アクセス 西武新宿線、都営大江戸線「中井」駅から徒歩7分
電話番号 03-5996-9207
ホームページ https://www.regasu-shinjuku.or.jp/rekihaku/fumiko/12/
備考 林芙美子記念館 10時~16時30分に開館。月曜日(月曜が休日の場合はその翌日)・年末年始は休館。有料。
概要  小説家林芙美子(1903~51)が、昭和16年(1941)8月から昭和26年(1951)6月28日に亡くなるまで住んでいたところ。
 代表作『うず潮』『晩菊』『浮雲』などが執筆された。芙美子は福岡県門司市に生まれ(戸籍上)、幼年期、両親の行商について各地を転々とするが、やがて尾道に移り思春期を迎える。この頃より文学を志し大正11年(1922)上京、カフェーの女給など職を転々としながら創作活動に励み、昭和5年(1930)自伝的小説『放浪記』がベストセラーになり文壇での地位を確立した。
 この地は昭和14年(1939)に一帯の土地を所有していた島津製作所から敷地を購入し、モダニズム建築と同時に和風建築も数多く手がけた建築家山口文象(1902~1978)の設計により家屋を新築したもので、設計には芙美子の意見も反映している。戦時下で1棟あたりの建坪制限が30.25坪であったため、芙美子と夫で画家の緑敏(1902~1989)別々の名義で1棟ずつ建てている。
 なお、現在の庭は、芙美子の没後に緑敏が整備したもので、芙美子生前は竹林であったという。