夏目漱石終焉の地
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| 所在地 | 新宿区早稲田南町7番地 新宿区立漱石公園・漱石山房記念館 |
| ふりがな | なつめそうせきしゅうえんのち |
| 種別 | 新宿区指定史跡 |
| 年代 | 明治40年(1907)~大正5年(1916) |
| 指定・登録年月日 | 昭和61年10月3日 |
| 所有者 | 新宿区 |
| アクセス | 東京メトロ東西線「早稲田」駅から徒歩10分 都営大江戸線「牛込柳町」駅から徒歩15分 都営バス「牛込保健センター前」バス停から徒歩2分 |
| 電話番号 | 漱石山房記念館 03-3205-0209 |
| ホームページ | 漱石山房記念館 https://soseki-museum.jp/ |
| 備考 | 漱石公園は、4~9月は8時~19時、10~3月は8時~18時に開園、無休。 漱石山房記念館は、10時~18時に開館、月曜日(月曜日が休日の場合はその翌日)、年末年始は休館。常設展・特別展見学は有料。 |
| 概要 | 小説家夏目漱石(1867~1916)が、明治40年(1907)9月から大正5年(1916)12月9日に亡くなるまで住んでいたところで、「漱石山房」と呼ばれていた。 この家は、建主がアメリカ帰りだったからか、ベランダ式回廊を持つ和洋折衷の珍しい建物であった。漱石は二間つづきの十畳を書斎とし、『坑夫』『三四郎』『それから』『門』などの代表作を執筆し、『明暗』の執筆半ばで世を去った。書斎に続く十畳の客間では、毎週木曜日の午後に「木曜会」が開かれ、友人や門下生らが集う文学サロンとなっていた。 当時の家屋は戦災で焼失したが、昭和28年(1953)に猫の墓を復元、同51年(1976)には新宿区立漱石公園が開園、平成3年(1991)には新宿区名誉区民で彫刻家の富永直樹(1913~2006)作の漱石胸像が完成した。また、漱石生誕150年にあたる平成29年(2017)9月24日には漱石にとって全国初の本格的記念施設となる新宿区立漱石山房記念館が開館した。館内には昭和20年(1945)5月25日の山の手大空襲により焼失した「漱石山房」の一部(書斎・客間・回廊)が再現されている。 ※モノクロ写真は全て『漱石寫眞帖』松岡譲編著(昭和4年刊)より |

