小泉八雲終焉の地

  • 大久保小学校正門脇に建つ記念碑

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所在地 新宿区大久保1-1-17     
ふりがな こいずみやくもしゅうえんのち
種別 新宿区指定史跡
年代 明治35年(1902)~37年(1904)
指定・登録年月日 平成11年3月5日
所有者 個人
アクセス 東京メトロ副都心線、都営大江戸線「東新宿」駅から徒歩5分
備考 ※「小泉八雲舊居跡」の碑と文化財説明板は、近接する新宿区立大久保小学校(大久保1-1-21)の正門脇に建つ。
概要  小説家・随筆家小泉八雲(1850 ~1904) が、明治35年(1902) に市ヶ谷富久町から転居し、同37年(1904)9月26日に狭心症による心臓発作のため亡くなるまで住んでいたところ。執筆活動に加え、明治37年4月からは早稲田大学で教鞭を執っていた。
 実際の「終焉の地」に近接する新宿区立大久保小学校正門脇に、富久町の「小泉八雲旧居跡」と同様、昭和25年(1950)の八雲生誕100年に際して、東京八雲同人会が建立した『小泉八雲舊居跡』の碑がある。こちらも碑の英文はイギリスの詩人エドモンド・ブランデン(1896~1974)、和文は英語学者・随筆家の市川三喜(1886~1970)によるものである。
 また、近くには新宿区立小泉八雲記念公園(新宿区大久保1-7)もあり、駐日ギリシャ大使館から贈られた八雲の胸像や、駐日アイルランド大使館から贈られた八雲が少年期を過ごしたアイルランドのダブリンの住居にあるプレートの複製などがある。