滝沢馬琴終焉の地

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所在地 新宿区霞ヶ丘町14-1 明治神宮外苑信濃町休憩所     
ふりがな たきざわばきんしゅうえんのち
種別 新宿区指定史跡
年代 天保7年(1836)~嘉永元年(1848)
指定・登録年月日 平成25年3月27日
所有者 明治神宮
アクセス JR中央・総武線「信濃町」駅から徒歩2分
概要  江戸時代後期の戯作者滝沢馬琴(1767~1848、戯号は曲亭馬琴)が、天保7年(1836)11月10日から嘉永元年(1848)11月6日に死去するまで、約12年間を過ごした場所。
 馬琴は、深川で、旗本の用人の子として生まれ、寛政2 年(1790)山東京伝(1761~1816)に入門し、後に読本作家となり、『南総里見八犬伝』をはじめ、『椿説弓張月』など多くの作品を残している。天保7年(1836)7月に四谷組同心の株を買い取り、神田同朋町の屋敷から四谷信濃町の四谷組同心屋敷へ移転した。
 四谷に移転してからは、婿、妹、妻が相次いで亡くなる不幸に見舞われ、自身も『南総里見八犬伝』の執筆中に目を患い、失明に近い状態のなか、嫁の路に口述筆記させ、この地で天保13年(1842)8月に『南総里見八犬伝』(98巻106冊)を完成した。