坪内逍遙旧居跡・文芸協会演劇研究所跡

  • 坪内逍遙旧居跡・文芸協会演劇研究所跡
  • 坪内逍遙(国立国会図書館ウェブサイトより)

画像数:2枚

所在地 新宿区余丁町7先     
ふりがな つぼうちしょうようきゅうきょあと・ぶんげいきょうかいえんげきけんきゅうしょあと
種別 新宿区指定史跡
年代 明治23年(1890)~大正9年(1920)
指定・登録年月日 昭和27年(1952)11月3日 東京都指定旧跡に指定
平成20年(2008)2月21日 東京都指定旧跡を解除
平成21年(2009)3月6日 新宿区指定史跡に指定
所有者 東京都
アクセス 都営バス「抜弁天」バス停から徒歩2分
概要  小説家・劇作家坪内逍遙(1859 ~ 1935)が、明治23年(1890)から大正9年(1920)に熱海へ移るまで住んでいたところ。
 逍遙は早稲田大学で講義した近代演劇理論の実践の場を設けるため、明治39年(1906)島村抱月(1871~1918)らと文芸協会を設立し、同42年にはこの家の敷地内に付属演劇研究所を開設した。研究所は演劇に関する基礎理論の講義や実際の演技指導を行い、第1期生として松井須磨子(1886~1919)らが参加した。明治44年(1911)には600名収容のホールを建て、「ハムレット」「人形の家」などを上演し、わが国初の新劇劇団として活動を開始した。しかし、大正2年(1913)抱月と須磨子が新たに芸術座を結成して独立したため研究所は解散し、逍遙も大正9年熱海に転居した。

肖像写真:国立国会図書館ウェブサイトより転載