小泉八雲旧居跡
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所在地 | 新宿区富久町7-30 成女学園 |
ふりがな | こいずみやくもきゅうきょあと |
種別 | 新宿区指定史跡 |
年代 | 明治29(1896)~35 年(1902) |
指定・登録年月日 | 昭和59年11月2日 |
所有者 | 成女学園 |
アクセス | 都営バス「市ヶ谷富久町」バス停から徒歩1分 |
概要 | 小説家・随筆家小泉八雲(1850~1904)が、明治29~35 年(1896~1902)まで住んでいたところ。八雲は本名をパトリック・ラフカディオ・ハーンといい、イギリスの軍医であったアイルランド人を父に、ギリシャ人を母に、ギリシャのレフカダ島で生まれた。アメリカや西インド諸島でジャーナリストとして活動したが、日本に魅せられて明治23年(1890)来日。島根県の松江中学校で英語を教え、当地で知り合った小泉節子(セツ)(1868~1932)と結婚した。 明治29年東京帝国大学に招かれたためこの地に居を構えたが、八雲はすぐ裏手にある自證院(瘤寺)の風景を愛し、境内をよく散歩したと伝えられる。しかし次第に周辺の喧騒を嫌うようになり、豊多摩郡大久保村大字西大久保に転居し、そこで亡くなった(現在の新宿区大久保1-1-17、新宿区指定史跡「小泉八雲終焉の地」)。なお『小泉八雲舊居跡』の碑は、昭和25年(1950)八雲生誕100年を記念して東京八雲同人会が建立したものである。碑文は英文はイギリスの詩人エドモンド・ブランデン(1896~1974)、和文は英語学者・随筆家の市川三喜(1886~1970)によるものである。 ★ 新宿クイズ ★ 答え:②松江 https://bunkakanko-annai.city.shinjuku.lg.jp/course/shosai4/ |