生田春月旧居跡

  • 生田春月旧居跡
  • 生田春月旧居跡 文化財説明板

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所在地 新宿区天神町63番地     
ふりがな いくたしゅんげつきゅうきょあと
種別 新宿区登録史跡
指定・登録年月日 平成7年(1995)2月3日
所有者 個人
アクセス 東京メトロ東西線「神楽坂」駅から徒歩4分
概要  詩人生田春月(1892~1930)が、大正4年(1915)から11年間住んでいたところ。春月は本名を清平といい、鳥取県米子市に生まれた。9歳から詩作をはじめ16歳で上京、大正7年(1918)にこの地で発表した詩集『感傷の春』によって詩人としての地位を確立した。
 なお、この前後にも横寺町・榎町・弁天町に住み、牛込在住は足掛け16年に及ぶ。昭和5年(1930)5月19日播磨灘で投身自殺した。
 近くの多聞院(弁天町100番地)境内には、昭和62年(1987)に廣野晴彦が撰文・建立した詩碑が建ち、「わが空しくも斃れなば あまたの友よあとつぎて われにまされる詩を書けよ ジャン・コクトオやワレリイの 伊達のすさびをやめにして 書けよ心の血の叫び」という詩が刻まれている。