島村抱月終焉の地(芸術倶楽部跡)

  • 芸術倶楽部跡
  • 島村抱月(国立国会図書館ウェブサイトより)
  • 松井須磨子(国立国会図書館ウェブサイトより)

画像数:3枚

所在地 新宿区横寺町9、10、11番地付近     
ふりがな しまむらほうげつしゅうえんのち(げいじゅつくらぶあと)
種別 新宿区指定史跡
年代 大正4年(1915)~8年(1919)
指定・登録年月日 平成3年(1991)12月6日
所有者 個人
アクセス 東京メトロ東西線「神楽坂」駅から徒歩5分
概要  明治時代に西欧演劇の導入に努めた島村抱月(1871 ~ 1918)が、女優・松井須磨子(1886~1919)とともに設立した芸術倶楽部の跡。
 大正2年(1913)坪内逍遙(1859~1935)の文芸協会から独立した抱月は、「芸術座」(第1次)を組織し、大正4年(1915)にその本拠地「芸術倶楽部」を神楽坂に建設した。同年、ツルゲーネフの「その前夜」を上演。劇中歌「ゴンドラの唄」(吉井勇作詞、中山晋平作曲)が大ヒットした。大正6年(1917)にはトルストイの「生ける屍」を上演。劇中歌「さすらいの唄」が再び大ヒットした。しかし、大正7年(1918)11月15日、世界的に流行していたスペイン風邪により抱月は芸術倶楽部の一室で死亡した。傷心の須磨子は、翌大正8年(1919)1月5日同じくこの倶楽部で抱月の後を追い、命を絶った。まもなく「芸術座」は解散した。

肖像写真:国立国会図書館ウェブサイトより転載